時代に逆行する渋谷駅周辺開発

渋谷川に更にフタをかけた東急の開発



 1964年の東京オリンピックの時に下水道として流用する目的でフタをされてしまった渋谷川。
その渋谷川が地上に姿を見せるのが、渋谷駅南側の稲荷橋。
かつて大岡昇平さんが『幼年』で書いたジャリ電の東急と市電の広尾からの終着駅があったあたり。
この頃の渋谷駅は、現在の恵比寿駅と渋谷駅のちょうど中間あたり、現在の成田エクスプレスの駅となっている南口あたりにありました。
 少しでも自然を感じられるようにと、護岸に溶岩パネルを設置。
NPOが日本で初めて公共河川に構築物を設置した記念すべき場所であると同時に、川を自然に戻そうという行動の現れでした。
これは小学生の教科書にも取り上げられ、年間に何件か、”社会科の校外学習で訪れたいのですが、案内していただけませんか?”と、問い合わせのある場所です。
*東京都小学校社会科研究会編著『東京の社会』日本標準の13ページより

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 現在、東急東横線が地下化するのに伴って、開発が進むこの場所では、経済的な論理が優先され、川にフタをして広場にするという工事が進んでいます。
世界中の都市で、いかに都市を自然環境の中に戻していくかという議論が進み(特にロンドン市は、市を国立公園に指定しようという動きがあるようです)、市民を交えて議論を進める中、我が国では残念なことに逆行していると判断せざるを得ません。
 泉壁ということで水をながすとのことですが、このまま進めると黒カビが生えるだけという結果になると思われます。少なくとも、護岸を溶岩パネルにすれば、臭いはかなり抑えられるはずですが、東急も渋谷区も耳を貸していただけない状況が続いています。
 また、前掲の稲荷橋に設置した溶岩パネルですが、東急は、下流の橋に移動設置するという約束を反故にしてどこかに廃棄してしまったようです。日本のNPOの歴史・河川行政の歴史において、大変残念なことです。

 またいつかどこかで、新しい動きが始まるよう、努力していきたいと考えています。
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*稲荷橋から見た渋谷川。すっかりフタをされてしまっています。